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たすちゃん in ニューヨーク       ええやん精神の日々

ええやん3 (特別編 Biography)

特別編

どうも毎晩楽しく過ごしてます!

たすちゃんです!

 

今日は...

書くことがあんまりないんで

 

自分自身のことに関して少し書きます!

 

 

僕は、1997年の冬に日本で生まれて2歳で初めて飛行機に乗りました。

その時の目的地は、なんとインド!でした。

とはいうても、半年もいなかったんかなぁその時は。

 

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日本に帰国して、4歳の時にタイのバンコクに移住。

最初はインターナショナルの幼稚園に通いました。

はじめて通った時はとにかくお母さんと離れるのが嫌やったから、

泣いて泣いて泣きじゃくりました。笑

 

それでも次第に、慣れていってロシア人の友達ができたり、誕生日をみんなに祝ってもらったりと、楽しい生活が続きました。

そこでは四六時中、英語で会話してたので、幼稚園児といえどその時の経験が今でもかなり生きてるな、と感じます。(特に、発音)

 

途中でタイのバンコク日本人学校に入学して、それからは英語はめっきり使ってません

8歳になってから日本に帰国しまして、そこから多治見やら名古屋やらに住んで

普通に公立の小学校に通ってました。

 

ほしたら、急に小学校6年生の時に、親父が

「言わなあかんことあんねんけど、今度インドに赴任することになった。」

て。

 

僕は、「おーまじか、インドか熱いな」ていったことくらいしか覚えてないけれども、

うちの姉が泣きじゃくってたのめちゃ覚えてる。

やっぱり部活とかしてたから、余計に思い入れが強かったんやろう。

 

その時、僕は小学校で「帰国子女」っていうこともあって、いじめを受けていたからそんなに思い入れはなかった。というか、ほとんどなかった。

むしろ

はやくここから出して、

という気持ちが強かった。

 

そんな時に舞い込んだこのインド話!

最高やんけ!

と思い、テンションが上がる一方。

 

さてインドについた。

12歳の時に、インドに再び降り立った。

10年ぶりに。この臭くて、うるさくて、汚いインドに。

 

最初は、日本人学校に通っていた。小1から中3まで全校生徒25人余りの学校に。

ここで、僕の人生は90度変わったといってもいいと思う。

自分より下の学年と頻繁に遊んだり勉強を教えたりしているうちに、自分の(いじめられてた頃の)内気な性格が、だんだんと明るくフレンドリーな性格に変わっていったのが自分でも感じられた。

 

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 ↑

一番後ろの、左から4番目です。笑

 

児童生徒会長を務めて、余計に責任やらなにやらを感じて自分なりに成長していき、

高校部がなかったため近くのAmerican Schoolに転校せざる得なくなった。

 

 

 

American School of Bombayというインターナショナルスクールで、

結果2年間を過ごした。

ここで僕の人生は、またも90度変わった。

井の中の蛙になりかけていた僕を、

またもやどうしようもない窮地に立たせてくれた。

世界の広さを、ここでとことん、身をもって知った。

 

学校での初日、なにも説明もなく一人ただつっ立たされていた。

友達ももちろんいるわけなく、周りの外国人がなにを喋っているのかもわかるわけがないから、どうしようもなくただ文字通り突っ立っていた。

 

だんだんと友達ができ、少しづつ周りの人がなにを言っているかわかってきた。

この段階に至るまでに何ヶ月かかったか。覚えていない。

 

でも、最初は

何時にどこで授業があるのか、何の授業なのか、先生がなにを言っているのか、なにもわからなかった。自分を親切にも助けてくれる人がなにを喋っているのかもわからなかったのは、なんだかつらかった。

 

わかったふりをして、周りの友達の話に相槌をうったり、笑ったり、そういったことをするのが自分に嘘をついてるようで、余計に辛かった。

 

なんども夜中に急に起き、何のためかもわからない宿題を必死にやりながら、

時には奇声をあげることもあった。

 

精神的にかなりきていて、シャワーを意味もなく流して、私服のまま何十分も泣き崩れていたことも何度かあった。意味もなくティッシュを燃やしたり、今思い出しても

「あの時の自分、なにしてたんやろ。笑」て思うくらい不可思議な行動ばかり。

いまでもこの時の自分の不安定さは、忘れられない。

いい意味でも、悪い意味でも。

 

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一番仲が良かったグループ!

帽子かぶってフードかぶってる舌出した、いちびってるのが自分です。笑

 

 

 

 

そんな時、親父にまた言われた。

「日本に帰国することが決まった。」

 

ほんでも最後の何ヶ月かはホンマに楽しくて友達と離れるのがホンマに辛かった。

めちゃめちゃ泣いて、自分だけインドに残って高校を卒業するっていう選択を親に本気で相談したくらい、みんなと一緒に居たかった。

高校をそこで卒業して、そのままアメリカの大学に進もうと思っていた。

今思えば、あの時決意したことが、結局ここで実現されている。

 

 

そんなこんなで日本に帰国し、南山国際高等学校に編入し卒業。

 

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南山国際高等学校の体育祭で、体育祭執行委員を務めた際

 

卒業前、高校2年生の時、

ここでも進学について色々と先生に相談した。

当初は、カナダの大学に指定校推薦をもらっていて自分もそれに向けて準備を進めていた。でも高3になって、だんだんと考えが変わった。

「日本の大学もいいんやないやろうか。」

先生に、上智や早稲田の推薦はどうだと言われ、その名前に心が揺らいだ。

やっぱりお金のことを考えればそっちの方がいいのか。

名前を選べば、そっちの方が就職活動とかに有利なんか。

色々と考えて結局、アメリカの大学

それもニューヨーク州立大学に決めた。

 

無事合格し、入学したのがこの前の夏。

そして今、ここでソファに座って、ブログを書いている。

 

 

 とっても不思議な縁に紡がれて

今ここにいます。

 

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国際連合のプログラムに参加した際

(ちなみに一番左が、お世話になっている僕の彼女です)

 

 

 

今まで自分が歩んだ道。

決して全てが自分で選んできた道とは言えませんが、

全て自分が歩いてきた道であることには違いはありません。

 

後悔なく、何もかも「ええやん」で包み込めるように。

これからも邁進して参ります。

 

長くなりましたけども、これが自分の歩いてきた道です!

文字にしてみると案外そんなに長いもんでもないんですね。笑

 

 

乱文失礼しました。

これでもできるだけ短くまとめたつもりです!

 

それでは、これからも

たすちゃんの応援、よろしくお願いします!

 

それでは!

みなさんおやすみなさいー!!

 

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家族からのパッケージ!

やっぱりどこにいても嬉しいものですね!

 

愛を感じます。

 

 

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(ニック、レイ、自分)

 

みなさんお元気で!